「黒板五郎の徒然草」トップ

更新日:2020年2月21日
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2020年1月8日 新規ブログ「黒板五郎のウバイド國體ワンワールド」をオープン。
2019年12月23日 本ブログにトップページ(このページ)を作成。今後、ブログ更新情報(新規投稿、内容更新など)を示す。

 
《ブログ更新情報》 (最新更新順) 

黒板五郎の徒然草

 

 
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新型コロナウイルスについての田中宇(たなかさかい)さんの考察(第二弾)


新型コロナウイルスについての田中宇(たなかさかい)さんの考察(第二弾)
2020年2月19日(水) 晴れ
 
2週間前(2月5日)に、ジャーナリストである田中宇(たなかさかい)さんの新型コロナウイルスについての考察を紹介したが、その後の考察がメールで届いたので、また、以下に全文引用で紹介する。
 
 前回の紹介はコチラ➪新型コロナウイルスについての田中宇(たなかさかい)さんの考察
 
今回の考察では、比較的明るい方向に向かっている様に私は感じた。この考察が当たっている様であれば良いのだが・・・。
 
今回の田中宇さんの考察は以下。
 
Web公開はコチラ ⇒ 田中宇の国際ニュース解説 無料版 2020年2月18日
 
私の目を引いた部分に、色付けで修飾している。
 
〜〜〜〜〜以下、全文引用〜〜〜〜〜
 
田中宇の国際ニュース解説 無料版 2020年2月18日 http://tanakanews.com/mail/
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
★世界に蔓延する武漢ウイルス(2)
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
前回の記事で、2月14日が新型コロナウイルス(COVID-19)の感染状況が世界
的に転換した日だったことを書いた。2月14日は、日本にとっても新型ウイル
ス問題が大きく転換した日だった。日本政府はこの日、それまでの中国から国内
へのウイルス感染者の流入を止める「水際政策」の破綻・失敗を認め、日本国内
での感染・発症拡大が避けられないと言い始めた。
 
http://tanakanews.com/200215virus.htm
世界に蔓延していく武漢ウイルス
 
新型ウイルスは未発症の人から他人にどんどん感染するので、感染拡大を止める
のが困難だ。中国では、感染を拡大するため合計4億人が住む大都市や省を閉鎖
し、住民は厳しい外出制限・自宅待機を命じられ、中国全土の無数の村落や集合
住宅が入り口に検問所を設けて人の出入りを制限するミクロ的な究極の水際政策
をこの3週間ほどやっている。
中国の各都市の繁華街はゴーストタウンだ。治療
薬がない新型ウイルスの対策は、外出禁止や地域の閉鎖しかない、というのが中
国の先例から見て取れる。
私は、日本でも政府が人々の外出制限や企業の業務縮
小を要請するのでないかと思ったが、そんなことにはまったくならなかった。
 
http://tanakanews.com/200212virus.htm
悲観論が正しい武漢ウイルス危機の今後
 
日本政府が国民に言っていることは「感染拡大を止めるのは難しい(国民の5%
つまり600万人ぐらいまでの感染を覚悟せよ)」「感染しても多くの場合は軽症
や無症状で終わるので心配するな」「各自、うがいや手洗い、睡眠などによる免
疫力の強化をやってください」といったことだ。1945年の敗戦直前に政府が
国民に「本土決戦です。米軍と竹槍で戦ってください。無理なら集団自決してく
ださい。神風が吹いて日本はきっと勝ちます」と言っていたような感じだ。通勤
ラッシュは続き、繁華街では依然として宴会が続けられ、各種のイベントの多く
も予定通り開かれている。中国のように役所が繁華街で消毒液を撒き始めたりも
していない。4億人の大都市閉鎖など強行策をやった中国と対照的に、日本は
「無策」だ。発症者が出たら、その周辺の人々の感染を検査する後追い政策しか
やっていない。
 
日本が無策なままなのは、経済成長を止めたくないからだ。国民に外出制限を要
請したら、小売店や飲食店の売り上げが激減し、政府が非難される。中国は経済
を止めたが、日本は経済を止めたがらない。日本だけでなく、韓国や東南アジア
諸国など、感染が少しずつ増えている他の諸国も、この点に関しては変わらない。
日本だけが無策なのではなく、中国だけが強硬なウイルス対策をやっている。
発生地の武漢が国内にあるのだから中国の強行策は当然ともいえるが、周辺諸国
はこんな無策で良いのか?。日本や韓国などアジア諸国の多くは、政治的な中国
への配慮・媚中と、経済的な成長急減への恐怖から、水際政策も国内感染拡大抑
止策も無策に近い。だが、意外にも「神風」的なものが吹いている可能性がある。
それは、感染を重ねるほどウイルスの重篤性(病原性、致死率)が低下することだ。
 
横浜港のクルーズ船以外の日本と、他の周辺諸国との、把握されている感染者数
の推移をざっと分析すると、日本の感染者数は、他の諸国と大差ない。2月17日
の時点で、日本40人、韓国30人、シンガポール58人などだ。日本と韓国の
感染者数の推移を見ると、おおむね日本が韓国の2倍弱で推移してきた。日本が
韓国の3倍の人口であることを考えると、日本が異様に多いわけでない。人口比
で言うとシンガポールが異様に多い。韓国の感染者は2月10日の27人から
2月17日の30人へと、1週間で3人しか増えていない。マカオの感染者は、
1月27日の7人から2月17日の10人へと、3週間で3人しか増えていない
これらの傾向が今後も変わらないなら、周辺諸国の感染者数はこれからの1か月
間で1か国あたり最大でも数十人
だろう。中国本土の感染者数と比べるとごく
わずかだ。
 
http://note.com/entamenodendo/n/n312ffa50f3cf
新型コロナウイルス感染者数(COVID-19)推移
 
韓国やマカオは、日本よりも中国との距離が近いし、人的交流も多い(中国在住
の外国人は韓国人が12万人で最多、日本人は6万人。韓国在住の外国人の7割
が中国籍)。新型ウイルスの感染も、韓国やマカオの方が日本より先に広がって
いると推定される。その韓国とマカオで、1月下旬から2月上旬まで感染者が増
え続けたが、その後はあまり増えなくなっている。
そこから推定されるのは、日
本の感染者の増加幅の変化が、韓国やマカオより1-3週間遅れて発生し、それ
で2月14日ごろからの増加幅の増大になっているのでないか、ということだ。
この推定を延長すると、2月末以降は日本も感染数の増加が減ると考えられる。
中国本土でもここ数日、政府統計を信じるなら、湖北省以外の場所での感染の増
加幅が減っている。
 
http://www.zerohedge.com/health/chinas-coronavirus-numbers-dont-add-and-white-house-doesnt-believe-them
China's Coronavirus Numbers Don't Add Up, And The White House Doesn't Believe Them
 
そもそも各国とも、いわゆる「感染者数」として発表されている統計人数は実の
ところ感染者の総数でなく、「発症者数プラスアルファ」だ(プラスアルファは、
発症者の周辺で検査を受けて未発症だが感染しているとわかった人々)。新型ウ
イルスは未発症の感染者からも他人に移るうえ、症状の重篤性(病原性)が弱い
ので、感染しても未発症や軽症で終わる人が多い。検査キットが足りないので、
未発症や軽症の人は検査してもらえず、感染者の統計数字に入らない。日本で
すでに数千人から10万人以上が感染しているかもしれないと言われているが、
発症者は数十人
だ。発症者が出ると、その周りの人々(集団=クラスター)を全
員検査するので、未発症の感染者の存在もわかるが、それ以外の(クラスター外
の)人々は未発症や軽症なら検査されないままだ。
 
感染者のほとんどは、未発症か軽症で、検査されないまま治癒する。彼らは感染
の自覚がないので普段の生活を続け感染を拡大するが、それで感染させられた人
の多くも未発症や軽症で普通の生活を続けるので、さらに感染が拡大される。
WHOが新型ウイルスの致死率を2%と発表したが、これは母数が「感染者総数」
でなく、その百分の1以下の「発症者数プラスアルファ」
だ。実際の感染者総数
で死者数を割った本物の致死率は0.02%とか、毎年のインフルエンザと大差なく
なる。

 
その一方で、中国の武漢市や湖北省では何万人もの人が発症しているのも事実だ。
武漢市よりも湖北省の僻地、湖北省よりもその他の中国、中国よりも日韓アジア
諸国の方が、発症者の数が桁違いに少ない
。これは単に遅行性の問題なのか?。
いずれ、武漢から遠い諸外国でも発症が急増して4-6月ころには毎日世界で
数万人ずつが発症していくのか?。私は最近までそれを恐れていた。前回の記事
の悲観論はその前提で書いた。しかし、これまでのアジア諸国での感染拡大の流
れを見ると、そうはならないとも思える。諸外国での増加幅は多分、これからも
大したものでない。

 
http://www.scmp.com/news/china/society/article/3050878/coronavirus-chinas-hubei-province-orders-everybody-stay-home
Coronavirus: China’s Hubei province orders everybody to stay home
 
ウイルスは、人から人に感染し続けて代を重ねていくほど、重篤性(病原性、致
死率)が下がる
と言われている。ウイルスは、感染を急拡大するため、1次や2次
の感染者の体内では大量のウイルスを増殖させ、重篤な症状を引き起こすが、
その後どんどん拡大して人類全体の中である程度の感染者を作ると、感染者を重
症にして殺すのでなく、軽症や未発症のまま生かしてウイルス自身の種の保存を
重視する態勢に変わる。
そのような学説をいくつかの場所で見た。この説は、発
症の武漢での多さと諸外国での少なさを説明できる
。この説の現象が今回の新型
ウイルスで起きているなら、日本など諸外国での発症はあまり増えていかない。
 
http://www.theguardian.com/world/2020/feb/11/coronavirus-expert-warns-infection-could-reach-60-of-worlds-population
Coronavirus 'could infect 60% of global population if unchecked'
 
中国では各地で住民に外出禁止・自宅検疫・自宅軟禁を強いてきた。これは感染
拡大を防ぐ効果があっただろうが、同時に、自宅に閉じ込められた人々の体力・
免疫力が低下し、外出禁止前にすでに感染していた人々が発症し、感染していな
かった同居家族が感染発症して犠牲者が増えることも生んでいる。日本でも、人
々が狭い部屋に閉じ込められ続けたクルーズ船内で多数の発症者が出ている。感
染者が見つかった時点で、そこに居合わせた全員にその場で2週間かそれ以上の
検疫・軟禁を強いるのが、中国を中心とする、新型ウイルスに対するこれまでの
対策の考え方だった。
 
だが、このやり方は閉鎖地域外への感染を防ぐ一方で、閉鎖地域内での感染を増
やしてしまう
ことがわかった。そのため横浜のクルーズ船は、各国が飛行機を出
して船内の自国民を引き取っていく解散方式に転換したのだろう
。中国も、2月
17日の週明けから、武漢・湖北省以外の地域の閉鎖を解いていくことにした。
 
http://www.ft.com/content/6b5ba925-1300-37d9-8f84-52fdb3f6e2f7
Reported slowdown in outbreak ‘must be interpreted very cautiously’ - WHO
 
新型ウイルス感染を疑われたクルーズ船は、横浜港に停泊したもの以外にも何隻
かあった。そのうちの1隻は各国に入港拒否された挙句、最終的にカンボジアの
シアヌークビル港に受け入れられ、入港の翌日に乗客の大半が下船し解放された。
カンボジア政府が、この船(ウェスターダム号)に対してとったと疑われている
策が、日本の策と対照的ですごい。
 
http://en.wikipedia.org/wiki/MS_Westerdam
MS Westerdam - Wikipedia
 
ウェスターダム号は2200人の乗客・乗員を乗せ、2月1日に香港を出港した
後、フィリピン、日本、グアム、タイなどに寄港を断られ後、2月13日にシア
ヌークビルに入港した。その間も船内ではずっと乗客の行動制限はなく、みんな
が歓談しつつ食堂で食事し、イベントも予定通り行われ続けた。2月11日に乗
客全員の体温が測定され「誰も感染していない」と結論づけられた。2月13日
の入港後、カンボジア政府は何らかの症状が出ていた20人を検査したが感染者
はいなかったと発表した。翌2月14日、乗客は行動の自由を得てカンボジアに
上陸し、そのうち145人がマレーシアに飛行機で移動したが、マレーシア到着
時の検査で80歳の米国人女性が新型ウイルスに感染していることがわかった。
クルーズ船会社は「何かの間違いだ。再検査したら感染していないとわかるはず
だ」などとコメントを発表した。
 
http://www.bangkokpost.com/world/1857574/passengers-on-ship-turned-away-over-virus-fears-disembark-in-cambodia
'Westerdam' passengers disembark, all cleared
 
http://www.reuters.com/article/us-china-health-cambodia-cruiseship/cruise-firm-seeks-new-virus-test-for-passenger-from-ship-in-cambodia-idUSKBN20A00B
Cruise firm seeks new virus test for passenger from ship in Cambodia
 
ウェスターダムから乗客が降りる時にはカンボジアのフンセン首相もマスクせず
にやってきて歓迎した。入港を見物にきた市民たちはマスクしていたが、政府要
員が見物人にマスクを外せと命じた。ウェスターダムに感染者はいないという宣
伝だった。しかし、そもそも人口10万人のシアヌークビルには新型ウイルスの
感染を検査する設備がない。独裁的辣腕で有名なフンセンのカンボジア政府が、
クルーズ船の運営会社から依頼(贈賄?)されて下船時の検査を甘くしたのでな
いかと疑われたが、大した騒ぎにならず、残りの下船した人々はそのまま帰途に
つき、世界に散らばった。現時点でそれから3日たっているが、世界に散らばっ
た下船者たちの中からさらなる発症者が出てきたという話はない。
日本とカンボ
ジア、どちらの政府のやり方が「正しかった」のか?。新型ウイルスをめぐる世
界的なミステリーが続いている。
 
http://www.nytimes.com/2020/02/17/world/asia/coronavirus-westerdam-cambodia-hun-sen.html
Cambodia's Coronavirus Complacency May Exact a Global Toll
 
http://www.zerohedge.com/geopolitical/another-nightmare-sea-first-covid-19-case-detected-aboard-cruise-ship-given-safe
Using '1984'-Style Propaganda...
 
 
 
この記事はウェブサイトにも載せました。
http://tanakanews.com/200218virus.htm
 
 
メール配信の中止は
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からお願いします。アドレスを変更する場合は、古いアドレスを
解除した後、新しいアドレスで登録し直してください。
解除できない場合のみ、講読中のアドレスを明記し、経緯を書い
てメールでご連絡ください。ご自分で解除を試みた経緯が書かれ
ていない解除依頼はお受けしません。
 
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◎田中宇の国際ニュース解説
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〜〜〜〜〜以上、全文引用〜〜〜〜〜
  

 

38年振りの快挙! 体重が60キロ台に復帰しました(笑) 


38年振りの快挙! 体重が60キロ台に復帰しました(笑)
2020年2月10日(月) 晴れ
 
今朝の体重測定で、遂に60kg台復帰!! 38年ぶりの快挙である(笑)。
 
医者が良く、理想の体重は大学生くらいの頃の体重だと言うが、私の場合、記憶が正しければ、高校時代は62kgあたり、大学時代は68kgだったと思う。
そして、就職して関東に出て来てからも暫くは68kg前後で安定していたと思う。
 
振り返って見るに、
元々、幼児〜幼稚園〜小学校低学年の頃までは、写真を見ても標準的な体格であり、太っているという感じでは無かった。まあ、子供の頃は沢山食べても身体の成長の方に栄養が行くから、余分な肉(脂肪)が溜まるということは少なかったのだと思う。
 
太り出したのは、多分、小学校の3年〜4年の頃だと思う。写真でも、その頃から顔付きがポッチャリし始めているし、身体にも丸みが出始めた様である。元々、両親ともにスレンダーとはお世辞にも言えない体格だったので、子供の私が太り始めても何の不思議も無かったのだが(笑)。
 
小学校の高学年になると、クラスでも1〜2位を争う肥満体になっていたと思うが、とにかく、体重の影響を強く受ける鉄棒ランニングが全く駄目であり、敏捷性だけは相当良かったので球技は得意だったものの、鉄棒と走り(短距離、長距離の両方)は大の苦手だった。
4年生の時だったか、鉄棒の逆上がりがどうしても出来なかったため、通知表の体育が、1学期〜3学期で5→3→1と急降下したのを憶えている(笑)。運動会のかけっこでもビリッけつばかり、マラソン大会では、常にブービー賞ものだった。
 
ところが、中学に進級して野球部に入ったところで、先輩方の優しい指導(笑 超厳しいシゴキ)のお陰で身体付きが締り、スリムになったものである。何と、1年の体育祭では100m走のクラス代表に選ばれて出場し、当時は、平和台陸上競技場(毎年12月の朝日国際マラソンに使われている競技場)を借りて体育祭をやっていたが、アンツーカーのホームストレッチを走った際には、予選2位、決勝3位に入ってしまった。
 
就職後も68kg前後で落ち着いていた体重が増え出したのは、入社5年目の秋(1981年11月)に会社の寮(横浜市。東急田園都市線の江田駅から徒歩圏内)を退寮して賃貸アパートに引っ越してからである。
当時の会社(富士通)では、大卒の入寮可能期間が最長5年間だったので、期限切れの数ヶ月前に退寮した訳である。
 
引越し先は小田急沿線の百合ヶ丘(川崎市)であったが、当然、寮時代の寮食(朝、夕)では無くなるので、外食するか自炊するしか無い訳である。自炊となると、毎食作るというのも面倒なので、だいたい、平日は外食、自炊は週末と言う事になったが、大した料理が作れる訳ではないので、カレーとか、スパゲティとかを纏めて多めに作るわけである。そうなると、どうしても捨てるのが勿体ないとなって、無理して完食するパターンが多くなり、当然ながら体重が急増していったのである。
68kgの体重が72kgまで増えるのはアッという間だったと思う。それが、1982年の正月前後である。
 
1983年の夏に沼津(静岡県)に転勤(職場全体の移転)となり、3年後の1986年春にカミさんと出会って1年後に結婚するのだが、結婚前の時点で多分、75kg前後まで増えていた様に思う。
 
そして結婚生活に入ると、カミさんの手料理で食事の量が益々増え、多分、最高で90kg間際まで体重が増えていたと思う。
 
体重を気にし始めたのは、1995年の秋の頃だったと思う。会社の健康診断で某病名を診断され、それから少しずつ、節制を始めた訳である(笑)。
因みに、某病とは、別に珍しい病気ではなく、日本人の十人に一人と言われる程のメジャーな成人病である。糖に関係する(笑)。
 
2013年6月に会社を退職してセカンドライフに入ったが、その時点では、まだ体重は80kg前後を行き来していた。
 
そして、記録によれば、2014/2/980.6kgを最後に80kg台とはお別れ。2014年〜2018年は75kg前後、2019年以降は71kg〜73kgのあたりを推移している。
 
今年に入って、1月下旬にちょっと飲酒日を減らしてみようと思い、3日ほど飲まなかったのだが、何故か、逆に体重が増え出し、1月31日には75.5kgを記録してしまった。
こりゃイカンと思い、私の身体にはアルコールが必須なんだと思い直し(笑)、日曜日の休肝日以外は毎日飲んだところ、原因が全く分からないが、アレヨアレヨという間に体重が急降下して、2月6日には70.6kgまで落ちたのである。6日間で5kg減量である。体内に溜まっていた便(宿便)が一気に出たのかも知れないが(笑)。
 
以降、4日間、禁酒していたので70kg台が続いていたのだが、今朝、目出度く70kgを割り69.8kgを記録。実に38年振りの快挙である。
 
まあ、瞬間風速に終わるのか、60kg台定着となるのかは分からないが、暫くは、禁酒を続けてみるか・・・。