徒然なるままに(遂に大台)
2014年7月19日(土) 雨
更新:2024年1月22日(月)
私も、遂に大台に乗ってしまった。満60歳である。
昨日は、カミサンと三島市内にある鰻の老舗「桜家」でランチ。
いつものことながら、平日と言うのに、桜家の前には数十人の待ち人が集まっていた。
ここ桜家に私が訪れたのは、20年近く前に一度だけであり、今回が2度目である。
三島市内には、人気の鰻屋がもう1軒ある。「うなよし」と言う店であり、こちらは、観光バスでも留まれる駐車場があり、客数と言う点では、多分、桜家よりも繁盛していると思われる。
そして、我が家が良く行くのは、「うなよし」の方である。
それでも、ここ十年は、「鰻の蒲焼き」と言えば、自宅で食べることが普通になった。
三島市内には、「山本食品」と言う鰻の卸店があり、そこで鰻を買ってきて、ウチで焼いて食べるのである。
これが結構美味く、「タレ」も一緒に買えるので、本格的な「鰻の蒲焼き」が自宅で食べられるのである。
ここのところ、鰻の単価が高騰しているらしく、しばらく食べていなかったのだが、先月の熊本旅行の際に、柳川(福岡県)で久しぶりに食べ、そして、今回は三島で食べることが出来た。
さて、桜家の鰻であるが、一口食べて違和感があり「アレッ」と思った。随分とアッサリしているのである。
タレの甘みが少なく、ご飯に掛かるタレの料も少ない。正直、私には余り美味しいとは思えなかった。
この20年で、桜家の味が変わってしまったのか、それとも、私の好みの方が変わってしまったのかは分からないが。
それから、もう一つ驚いたのは、お値段の高いこと。
蒲焼きが3枚乗った鰻重、一般には、「鰻重の(上)」とでも言うものだと思うが、これが、4,950円。これまでの値頃感の2倍である。
確かに、鰻の単価が高騰しているとは言え、ここまで値段が上がっているとは思わなかった。
ひと月前に食べた柳川「若松屋」の鰻は、これほど高くは無かったと思うのだが、まあ、九州とこちら(静岡)では、事情が違うのかもしれない。
「これほどの値段の高騰」が、この辺りで共通した傾向なのか、「桜家」だけのことなのかは、良く分からないが、「今シーズンに、もう1回は鰻を食べたい」と思うので、次は「うなよし」の方に行って、比べてみたいと思う。
お昼の鰻に続き、夜は、カミサンの手料理で祝杯を上げる。
久しぶりに飲むスパークリングワインが料理に合い、ちょっと食べ過ぎてしまった。
それでは、いつもの様に、最近の出来事について思い出しながら、筆を進めていくことにする。
■長男の引っ越し(6月23日)
長男が、3年間お世話になった会社(富士通の系列会社)を6月一杯で退職し、新しい仕事にチャレンジすることになった。
そこで、それまで住んでいた江戸川区葛西の「会社の寮」から、新しい会社の近くの賃貸アパートに引っ越しすることになったのである。
何でも、転職先は相当忙しい仕事らしく、「終電を気にせず仕事が出来る様に」と、会社からの徒歩圏内に引っ越すことにしたらしい。場所は北品川である。
この日は、長男が一人暮らしの学生時代に使っていて、大学卒業時に実家(我が家)で預かっていた「冷蔵庫と洗濯機」を、車(トヨタエスティマ)に載せ、三島の自宅を早朝の5時に出発。
アパートで荷物を降ろしたあとは、
●カミサンがアパートに残り、部屋の掃除を。
●私と息子を乗せた車は、首都高湾岸線を走って葛西の会社寮へ。
乗用車のエスティマなので、1往復では荷物全部は運べず、葛西〜北品川を2往復することになる。2往復目には、カミサンも加わり葛西へ。
何とか、荷物を全部積んだあと、葛西のファミレスでランチタイム。
15時過ぎには、引っ越しを完了させることが出来た。あとの事は息子に任せ、我々夫婦は、さっさと三島に帰って来た。
前の会社へは、このアパートから1週間通い、退職後の7月1日からは、いよいよ、新しい会社でのスタートである。
かなり厳しい仕事だとは聞いているが、息子が自分で決心して選んだ道であるから、親としては激励するしかない。
何年先になるかは分からないが、何とか花を咲かせて欲しいものである。
■二男のアパート掃除(7月12日)
二男は、大学院の2年生。浜松で一人暮らしをしているが、相変わらず、電話をしても出ないし、メールを出しても返信なし。
そろそろ、就職活動の状況も聞きたいところなのだが、何がどうなっているのやら、全く分からない。
先日も、笑い話で「行方不明と音信不通は意味が違う」と夫婦で話していたのだが、二男の場合は、正にそれである。
つまり、「棲みかは分かっている」ので行方不明ではないが、「連絡が取れない」ので音信不通と言うことである。
その二男から、前日に、珍しくカミサンにメールが入った。
「銀行の新しいキャッシュカードが実家に届いていると思うので、送って欲しい。このままでは飢え死にする。」
と言う内容のメールである。
勿論、二男特有の「おちゃらけメール」なのであるが、カミサンとしては、「もう、居ても立ってもいられない心持ち」になっているので、翌日に早速、車を飛ばして浜松のアパートに行くことにした。
ただし、今回は予告なしに行くことにした。
早朝の5時に自宅を出発し、東名高速で浜松へ。
浜松西ICで高速道を下り、二男のアパートに着いたのは7時過ぎだった。
予想はしていたが、部屋は足の踏み場もない程のゴミの山。今までで一番激しい状態であった。
これまでは、予告してから行っていたので、息子なりに、事前に部屋の片付けをしていたのだろう。まあ、夫婦の目から見れば、それでもゴミの山であることには変わりないのだが。
いつもの様に、掃除、洗濯をして、午前中で片付け完了。出たゴミ袋は、いつもの様に車に積んで三島に持ち帰る。
今回は、息子と一緒にお昼を食べてから三島に帰ることにし、浜松西部にある「イオンモール」で買い物をしたあと、ハンバーグの店「さわやか」でランチ。
この「さわやか」と言う店は、静岡県西部〜中部にチェーン展開しているハンバーグレストランであり、なかなか美味しいハンバーグを食べさせてくれる。
この店では、熱い鉄板に載せた「げんこつハンバーグ」と呼ぶ俵状のハンバーグを、テーブルまで運んで来て、客の目の前で二つにカットし、内側を鉄板に押しつけて、生焼けの赤い肉に熱を通してくれるのである。
その時に、客側は、テーブル敷きシートを持って壁を作り、鉄板から飛び散る油が、服に付着しないようにする。
ちょうどこの時期、店の「創業フェア」が開催されていたので、店内は満席の大繁盛であった。
食後のデザートとして「雪ぼたん」という珍しい品物があったので注文。
アイスペールに、練乳の掛かった「かき氷」と「アイスクリーム」、「オレンジ一切れ」が入っているデザートである。
完食を目指したのだが、余りの量に、冷たさでツーンと頭が痛くなってしまい やむなく残してしまった。
さて、息子の就職活動状況であるが、何と、「既に内定が取れている」とのこと。
来春から、浜松の会社(IT系製造業)で働くことが決まった様である。
会社には寮は無く、代わりに住宅補助が出るそうなので、現在と同じ浜松と言う事で、息子は、この夏休み中にでも、新しいアパートに引っ越すことを模索中とのこと。
どうやら、今度は、二男の引っ越しの手伝いに行かなければならなさそうである。
まあ、就職先が決まって、一安心である。
せっかくなので、帰りに就職先の会社を探して、外から建物を見て来た。
【2024/1/22追記】
上の話は、9年半前の話になるが、今現在は、子供三人とも、「個人事業主」という立場に変わっている。月給(固定給)を貰うサラリーマンでは無いと言うことである。
時代は変わったものである。
私らの時代は、オイルショックの後、民間企業の雇用が不安定な時代に入った頃の就活だったので、公務員試験や教員採用試験に応募が殺到した時代であり、経営の安定した大企業志向の時代でもあったと思うが、今の若い人達は、自由奔放、転職OK、より高収入、より働き甲斐のある企業へのステップアップを目指すといった時代の様である。
長女は、私立音楽大学ピアノ科を卒業後、埼玉県エリアにてヤマハのピアノ講師をしているが、ヤマハの社員という訳ではなく、ヤマハとは講師契約的な関係の個人事業主である。生徒数も多いらしく、レッスンのスケジュールが埋まって、休日が少ないらしい。(埼玉県在住)
長男は、私大経済学部を卒業後、IT企業(富士通系列)に入社し営業職に配属されたが、ヘッドハンティングされて外資系生保会社に転職、個人事業主として会社とパートナー契約をして生保営業に従事。
しかし、その後、生保会社を退職し、起業して損保系にも手を広げ、国内のあちこちを飛び回っている。(東京都在住)
二男は、国立大工学部修士卒業後、浜松のIT系製造業の会社に就職したが、その後、ITシステム開発会社に転職、現在は、職種は同じらしいが、会社を退職して独立し、依頼元の会社と、開発業務の請負契約を直接結ぶ個人事業主となっている。今回、初の確定申告をやるらしい(笑)。(神奈川県在住)
さて、8月中旬には、恒例の九州旧盆帰省をするが、昨年は、「7月の事故」で車を廃車することになり、急遽、電車で帰省したので、車での盆帰省は、2年振りである。
二男も、「今回は帰省に参加する」と言っているので、来月には、また浜松を訪れて、二男を拾ってから九州に帰ることになる。
新しい仕事を始めたばかりの長男は、不参加なので、九州へは、夫婦と長女、二男の家族4人で帰ることになる。
■その他、諸々(写真のみ)