時間とは?
2012年3月6日(火) 雨、のち、晴れ
そもそも時間とは何だろう?
目を閉じていても、時間は過ぎて行く。 |
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従って、
時間は、見えるものの如何に関わらず、同じ様に過ぎて行く。 |
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それは間違いないと思ってしまう(多分間違いなのだが・・・)。
では、どれだけ時間が過ぎたかと言うと、これは難しい。
例えば、「1時間」とは、地球が一周り自転するのに要する時間を24分の1にした時間の長さであり、
そうなると、
では、どれだけ時間が過ぎたかと言うと、これは難しい。
例えば、「1時間」とは、地球が一周り自転するのに要する時間を24分の1にした時間の長さであり、
そうなると、
物質の運動速度と言うものは、絶対的なものはなく、全て相対的なものである(観測者に依って異なった速度に見える) |
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と言うことから考えると、
地球上で言う1時間という時間の長さも、絶対的な長さではなく相対的な長さと言うことになる。
勿論、地球という局所的な空間の中では、絶対的な長さと言っても差し支えないと思われるが、大宇宙と言う観点からみると、相対的な長さなのだろうと思う。
だいたい、地球上で80年間生きたとして、それは地球の自転時間に換算したら、80×365回転する時間生きた、地球時間で換算すると、80×365×24時間生きたと言うだけである。
もし、同じ寿命の人が、何億光年彼方の星で生活したとするならば、その時間はまた別の尺度で表現されるということである。
そして、この時間の長さが、単位(表現)は何であれ同じ長さかと言うと、これも怪しい。
そもそも、宇宙は絶対空間ではなく、均質な空間でもなく、今現在も膨張し続けている変動空間であるから、時間の長さが宇宙のどの地点でも同じであるという根拠もない。
以前は、
地球上で言う1時間という時間の長さも、絶対的な長さではなく相対的な長さと言うことになる。
勿論、地球という局所的な空間の中では、絶対的な長さと言っても差し支えないと思われるが、大宇宙と言う観点からみると、相対的な長さなのだろうと思う。
だいたい、地球上で80年間生きたとして、それは地球の自転時間に換算したら、80×365回転する時間生きた、地球時間で換算すると、80×365×24時間生きたと言うだけである。
もし、同じ寿命の人が、何億光年彼方の星で生活したとするならば、その時間はまた別の尺度で表現されるということである。
そして、この時間の長さが、単位(表現)は何であれ同じ長さかと言うと、これも怪しい。
そもそも、宇宙は絶対空間ではなく、均質な空間でもなく、今現在も膨張し続けている変動空間であるから、時間の長さが宇宙のどの地点でも同じであるという根拠もない。
以前は、
目を閉じても時間は同じ様に進むのだから | 時間は不変である |
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光速が一定ということを前提に発展させた理論である相対性理論は、 | 所詮、目を閉じれば光は見えない訳であり、見えない光の速度を基準に幾ら理論展開しても、 | そんな理論は机上の空論である |
と考えていたのだが、
最近になって、そもそも時空が絶対的な存在であると思い込んでいた事自体が間違っていたと考える様になった。
絶対的な空間も時間も無いのである。
我々が感じている時間、空間は地球という局所的な世界だけで通用する概念であるらしい。
それから、感覚的には馴染まないが、
全ての物質には重力(他を引っ張る力)があるそうで、重力の作用により、空間は曲がっているらしい。
強い重力の物質の近くでは、空間の曲がりが顕著になり、光でさえも重力により進行方向が曲げられるそうである。
その最たるものがブラックホールと呼ばれるもので、光さえも吸収されて出て来られないそうである。宇宙とは全く分からない存在である。
最近になって、そもそも時空が絶対的な存在であると思い込んでいた事自体が間違っていたと考える様になった。
絶対的な空間も時間も無いのである。
我々が感じている時間、空間は地球という局所的な世界だけで通用する概念であるらしい。
それから、感覚的には馴染まないが、
全ての物質には重力(他を引っ張る力)があるそうで、重力の作用により、空間は曲がっているらしい。
強い重力の物質の近くでは、空間の曲がりが顕著になり、光でさえも重力により進行方向が曲げられるそうである。
その最たるものがブラックホールと呼ばれるもので、光さえも吸収されて出て来られないそうである。宇宙とは全く分からない存在である。