名前が・・・


名前が・・・
2012年1月15日(日) くもり
 
寒い毎日が続いている。この週末も、自宅でゴロゴロして撮り溜めたTVドラマを見ているのだが、1月から新しいドラマが始まった。
 
最近の日本のドラマは、全く面白くないのだが、先週の日曜から始まった平清盛は、ちょっと面白くなりそうな予感がある。
そして、今週から始まった最後から二番目の恋、これも面白そうな予感がある。
もう一つ見たのは、理想の息子、これは未だ面白いのかつまらないのか分からないので、打ち切るかどうかは保留。カミサンは、我が家の息子達に是非見せたいと言っている。
 
ところで、最近テレビドラマを見ていて、夫婦でいつも話題になるのが、役者さんの名前である。名前が出て来ないのである。本当に情けない。
だいたいこの話題になると、ドラマを見ながらも、意識の半分は名前を思い出すことに費やされているのである。そして、夫婦のどちらが先に思い出すかと言う競走意識も働くのである。
 
若い頃には、こんな事は全く無かったのだが、40歳を過ぎた頃からだろうか、人の名前が出て来なくなった。その人のことを忘れた訳では無いし、名前を忘れた訳でもない。
憶えてはいる筈なのだが、ただ、脳の記憶域からその名前を引っ張り出してくる能力が落ちただけと言うのが正しいと思う。いわゆるど忘れと言うやつである。
例えば、会社で鳴った電話に出て、目の前にいる担当者に替わろうとした時に、その人の名前がとっさに出て来ないことも良くあるのである。
受話器の先で、相手が私の発言を待っている状態なので、こういう時は本当に焦る。
 
人の脳内の記憶域には階層があって、ずっと記憶が残る階層、しばらくは残る階層、すぐに忘れる(忘れても構わない情報を一時的に記憶する)階層に分かれていると言う話を聞いたことがあるのだが、人の名前についても当然、お付き合いが続いてずっと記憶に残る名前と、打合せ等で名刺交換しても以降に会う必要がないのですぐに忘れる(覚えようと言う気が元々無い)名前もある。これも記憶域の階層が異なると言うことなのだろう。
しかしながら、上で話した名前が出て来ないと言う件は、この記憶域の階層の違いとも少し違う様な気がする。
階層で言えば、ずっと記憶が残る階層に記憶されている名前の筈なのに出て来ないという感じである。
 
加齢と共に、記憶域の階層が変動して行くと言うことなのか、それとも、記憶域の階層そのものが単純な一次元の階層ではなく、二次元、三次元の階層になっていて、名前を憶える記憶域は、ずっと記憶が残る階層の中でも記憶を復元する能力が加齢と共に低下する領域に区分されていると言うことなのか・・・、まあ、良く分からないが、とにかく名前が出て来なくなった。
 
ちなみに、今回のドラマで出て来なかった名前は、女優の飯島直子さんと、元歌手(?)の森口博子さんである。
飯島さんに関しては、”同じ苗字のタレントさんで亡くなった人がいる”と言うのは分かっているのに、その苗字「飯島」が出て来なかった。亡くなったタレントさんの方の名前も同様に出て来ず仕舞いだったのだが、今、インターネットで調べたら飯島愛さんだった。
 
余談であるが、森口博子さんは、昔、NHKの全国勝ち抜きのど自慢大会に福岡から出た人(本名、花村博美さん)で、最終的に全国大会で準優勝しプロに転向した人である。
私は、偶然、福岡予選会の放映を見たのだが、その時の予選で歌ったのが中森明菜さんの歌だったと思う。この時の彼女の歌が人を惹きつける様な上手な歌で、これは絶対にプロに転向して人気が出ると瞬間的に感じ、急いでビデオテープをセットして番組最後の決勝戦の歌を録画したのである。
結果は福岡大会優勝であり、数ヶ月後の全国大会で準優勝、アイドル森口博子の名でデビューを果たしたのである。
似たような話は、他にもあって、昔、日テレでやっていた欽ちゃん司会のスター誕生でも、予選会の段階で、山口百恵さん、片平なぎささんは、絶対にプロデビューして人気を博すと直感し予感が当たった。どうも私の目線と言うのは、世間一般大衆の目線に合っていると言うことらしく、私がイイと直感したタレントさんは だいたい人気が出るし、この子は駄目だと思ったタレントさんは案の定、物にならない。早い話、バリバリのテレビっ子と言うことである(笑)。
 
さて、午後は何のドラマを見ようカナ。(^^;)