福島東京旅行 (3) 東京都内2日目


福島東京旅行 (3) 東京都内2日目
2016年4月18日(月) 晴れ
更新:2024年5月29日(水)
 
今回は、下の行程表の3日目(最終日)について書く。

日付
行程
宿泊地
4月10日(日) 三島〜《新幹線》〜東京〜《貸切バス》〜筑波山(昼食)〜国営ひたち海浜公園〜宿 いわき湯本温泉
「スパリゾートハワイアンズ」(福島県)
4月11日(月) 宿〜《貸切バス》〜袋田の滝(茨城県)〜築地(昼食)〜浅草東京スカイツリー〜浅草ホテル(夕食)〜宿 「ホテルモントレ半蔵門」(千代田区)
4月12日(火) 宿〜《貸切バス》〜皇居〜九段下ホテル(昼食)〜国会議事堂増上寺(港区)〜東京駅〜《新幹線》〜三島  

■皇居
最終日の朝は余裕があり、9:00の出発である。
ホテルを出発したバスは、すぐ傍にある皇居に向かう。
本日は、普段は許されていない皇居内に入っての見学をする事になっているのである。
今月は特別らしいのだが、事前申請すれば、皇居内見学が出来るんだそうである。
 
そして偶然であるが、ホテルで朝のニュースを見ている時に、その皇居見学のニュースが流れ、事前申請に加えて、今週に限っては、当日申請でも受け付けるとの話がされていた。
 
実は、この皇居見学に関して、以下の疑問があり、前日の解散の時に「添乗員さんに確認せねば」と思いながら、忘れてしまっていたのである。
 ●皇居内での写真撮影は、許可されているのかどうか
 ●見学の際に、カメラを携帯して入っても良いのかどうか
 
そして、偶然、朝のニュースを見た事で、上の疑問が解消した。
ニュースの映像を見ていたら、見物客が、携帯カメラでバシャバシャ撮影しているのが目に入ったのである(笑)。
 
皇居が近づいて来たところで、添乗員さんより再確認があった。
昨日のうちに、添乗員さんより注意事項の説明があったのだが、「明日ホテルを出る時には、読売旅行のバッジを外して、バッグの中に仕舞っておくように」との事であった。その再確認である。
と言うのは、「今回の皇居内見学の計らい事」は、個人に対して許可された事であって、旅行会社には許可されていないとの事であった。
恐らくは、個人や非営利団体はOKだが、営利目的のために今回の計らい事を利用するのは駄目だと言う事なのだろう。
 ●我々はバッジを外しているし、
 ●添乗員さんも名札を外しているし、
 ●何と、バスの正面右上のパネルに貼り付けている紙も「読売●●ツアー」という文字が「▲▲会」と言う文字に変わっていた。
 
バスが皇居前広場に到着し、我々がバスを降りる際には、運転手さんが、「▲▲会の皆様、お気を付けて行ってらっしゃいませ」と、ワザとらしく連呼していたので、
「バスの外で待ち受けていた皇居側の担当者に聞こえる様に言ってるのだろう」と思ったのだが、後で分かったが、バスの外で待ち受けていたのは「皇居側の人」ではなく、「▲▲会側の代表者」だった様である。
 
1 皇居前広場に到着
 
2 皇居内見学を申し込んでいる非営利団体「▲▲会」の代表の方
 
3 皇居内入場時刻まで15分ほど、桔梗門入口前で待機
 
 
 
 
 
 
▲▲会代表者の方に引率されて、皇居内への入口である桔梗門(ききょうもん)の前に来ると、4人1列になって並び、15分ほど待たされた。
時間が来ると、今度は、制服を着た正真正銘の皇居側の人(皇宮警察?)が近づいて来られた。
少し説明があったが、4人1列には意味があるとの事であった。本当は5人1列の方が人数を数えやすいけれど、4人1列でないと、抜けられない狭い箇所があるそうなのである。
(後で分かったが、そもそも、皇居内では そんなに整然と並んで歩く様な事はなく、バラバラに広がり過ぎて何度も注意されたくらいであった。笑)
 
桔梗門の橋を渡り、皇居の中に入ると、右手にある広い建物に入る。窓明館と言う休憩所である。
中には、何百人も座れる机と椅子が並んでおり、大きな部屋の右前方に、小さな売店があった。
ここでは、皇居にちなんだ記念品やお菓子など、菊の紋が入った商品が並んでいる。そして、どの商品も思いのほか安い。
これは私の推測であるが、皇室ないし宮内庁が、予算を取って来訪者をもてなす気持ちで、原価あるいは原価割れの価格設定をしているのではないかと思った。少なくとも、「利益を上げよう」などとは感じられなかった。
この売店は、昼間常時開店しているのではなく、見学者が最初に入って来た時間帯だけ開店し、見学をしに出て行ったら、シャッターを閉めてすぐに閉店するのだそうである。
だから、「買物は、今しか出来ない」と言われ、別のグループと併せて、百人近くの人が狭い売店に殺到したので、身動きが取れない程の大混雑であったと言う事である。
 
 
10 桔梗門より皇居内に入場開始

11 桔梗門
 
12 窓明館
 
13 窓明館の中。左前が売店。
 
14
 
15
 
16 意外と安かった。
 
窓明館を出発し、右手に元枢密院庁舎を横目に見ながら、吹上御苑の方に入って行く。
横の石垣は、江戸城構築の際に、各藩から供出された石が使われているらしく、中には、「丸に十の字の薩摩藩の紋」が入った石もあった。
当時は、江戸城のすぐ外まで海だったらしく、石は、舟で運び込まれたんだとか。
 
少し広い場所に出ると、正面上に富士見櫓が聳えている。
皇居の中は、大きく
 ●吹上御苑
 ●皇居東御苑
のエリアに分かれている。
 
皇居東御苑の方は、何度か入った事があるが、一般公開されているので、休園日を除き、一年中・無料で入れる。
 
そして、吹上御苑皇居東御苑の間にあるのが、蓮池濠である。
 
17 窓明館を出発し見学開始
 
18 元枢密院庁舎
 
19 石垣の石に彫られた薩摩藩の紋
 
20 富士見櫓
 
21
 
22
 
23
 
24
 
25
 
26 蓮池濠
 
蓮池濠を右手に見ながら、吹上御苑のエリアに入ると、正面に、宮内庁庁舎がある。
テレビに、時々出て来る建物である。
 
27 宮内庁庁舎
 
28
 
29
 
30
 
更に奥に進むと、天皇誕生日正月の一般参賀のニュースで見られる、天皇と国民の対面の場所(以下)がある。
 ●宮殿 ・・・・・・・・・ ガラス越しに天皇家の方々が手を振る建物
 ●宮殿東庭 ・・・・・ 国民の方が手を振る庭
 
ちなみに、私の両親は、この宮殿の中に入ったことがある。
自慢する訳ではないが・・・、と言いながら自慢するが、父が、平成2年に黄綬褒章(おうじゅほうしょう)を受章し、夫婦で授章式に参列したのである。
 
ちょっと話が逸れるが、ここで挙げた「宮殿」の発音は、一般に話す時の発音とは、アクセントの位置が異なるのだそうである。即ち、
 ●一般の会話では:「殿」の方にアクセントを付けて「きゅうでん」と発音するが、
 ●皇居の宮殿の方は:「」の方にアクセントを付けて「きゅうでん」と発音するのが正しいらしい。
確かに、「ベルサイユ宮殿」と言う時のアクセントは「きゅうでん」の方である。
 
ついでに、もう一つ別の話をすると、
九州電力を略して九電(きゅうでん)と言うが、地元の人間は、「」にアクセントを付けて「きゅうでん」と発音する。しかしながら、京浜地区の人は後者「きゅうでん」と発音する。
地元福岡出身の私は、社内(富士通の京浜地区の事業所)で、周りの人が九電の事を「きゅうでん」ではなく「きゅうでん」と発音するのが、とても違和感があって気持ち悪かったのを憶えている(笑)。
 
31 宮殿と宮殿東庭
 
32 宮殿の長和殿
 
33 宮殿東庭
 
34
 
35 千草・千鳥の間
  
36
 
37
 
38
 
次は、二重橋を見学。
 
39 
 
40
 
宮殿を通り過ぎたところにあるのが、有名な二重橋である。
二重橋については、私は、これまで二重に勘違いしていた。(シャレではない 笑)
 
●勘違いの一つ目は、皇居前広場側から見た時に、手前にある眼鏡橋の様な橋の方が二重橋だと思っていた事。
多分、国民の多くが、私と同じ勘違いをしていると思われる。
手前の橋は、二重橋ではなく正門石橋と言うそうである。
本当の二重橋は、正門石橋の後方、少し上の方にある黒い橋の方なのだそうである。
 
●勘違の二つ目は、「二重」の意味を勘違いしていた事。
余り深く考えた事がなかったが、二重橋だと思い込んでいた手前の橋(正門石橋)は、眼鏡の様にアーチが二つあるので二重橋と呼ばれているのだと思い込んでいた。
正しくは、本当の二重橋(後方の黒い橋)は、1964年に架け替えられる前の橋が、構造的に強度を補強するために、二重構造を取っていたために二重橋と呼ばれたのだそうである。
現在の二重橋(本物の二重橋)は、二重構造ではないが、呼び方はそのまま、今でも二重橋と呼ぶらしい。
 
【2024/5/29追記】
上で、「国民の多くが、私と同じ勘違いをしていると思われる」と書いた手前、念のために、今、ネットで実態を確認してみた。
具体的には、「皇居二重橋」というキーワードで、ネット検索して、「画像」を開いたところ、やはり、全部と言っても過言でないくらい、表示される画像は、「二重橋」ではなく「正門石橋」の写真であった(笑)。
こちら()は、正しい「皇居二重橋」の説明をしている記事である。
ja.wikipedia.org
 
41 二重橋へ
 
42 二重橋
 
43 二重橋の上を歩く
 
44 伏見櫓(二重橋より撮影)
 
45
 
46
 
47
 
48 丸の内のオフィス街(二重橋より)
 
49 下に見えるのが正門石橋(多くの人が「二重橋」だと勘違いしている橋)
 
50 正門石橋の右側が皇居の正門
 
51
 
52
 
53 正門石橋
 
54
 
二重橋の上を歩き、十分に写真撮影したあと、宮殿東庭、宮内庁庁舎の裏手にある山下通りを歩いて、窓明館の前まで戻り、皇居見学を終了した。
ちなみに、山下通りと言うのは、その「通り」の左奥に紅葉山と言う山(丘?)が有るので、山の下の通りと言う事で山下通りと言うのだそうである。
紅葉山には養蚕所があるそうであり、皇后様は毎年、養蚕所に行かれて作業をされるんだとか。
 
55 宮殿の正面入口
 
56 新しい内閣が、ここで記念撮影する
 
57 宮殿の豊明殿
 
58
 
59
 
60
 
61 この奥が紅葉山
 
62 山下通り
 
63
 
64
 
65
 
66 見学を終え、桔梗門より出る
 
67
 
68
 
■ホテルグランドパレス(ランチ)
皇居を後に、早めのランチを取ってから国会議事堂を見学する予定だったので、まずは、九段下のホテルグランドパレスの地下にある萬壽苑で中華のランチを取る。
 
テーブルに着くと、まずは、スープが出て来た。フカヒレスープ風だったが、フカヒレが入っていたのかどうかは分からなかった(笑)。
次に出て来たのが、海老チリソース。回転する中央の丸テーブルは使わないらしく、各自に、お皿に盛った料理が出て来た。
取りあえず、海老チリソースを戴きながら、良く冷えた生ビールを飲む。歩いた後だけに、ビールが美味かった。
そして、次に出て来たのが、焼売(しゅうまい)1個とご飯である。
 
喉が渇いていたので、ビールはすぐに飲み干し、お代わりを注文しようかと思ったが、「まあ、次の料理が来てからでいいか」と思い、注文は暫く待った。
ところが、次の料理が、なかなか出て来ない。
ランチタイムは45分しか取られて無かったので、時間が気になり、カミサンが店の人に「次の料理」を聞いたところ、何と、「料理は、これで全部です」と言われてしまった。
フカヒレ風スープ海老チリソース煮ご飯焼売1個漬物クッキー、これだけである。
「お代わりのビールを飲む」どころでは無かった。
店を出てから、ツアー参加者は、みんなブーブー文句を言っていたが、これなら、ラーメンか、焼きそばでも食べた方が余程良かった。
 
69 萬壽苑の中華ランチ。これに、海老チリソース、スープ、ご飯でお仕舞い。
 
バスに戻ると、「文句を言われる」と思ったのか、すかさず添乗員さんが、
 「酷い料理でしたね。私も、まさか、あんな内容だとは知りませんでした。これは、問題として、本部に上げておきます。
と先手を打って言い訳していた。
事前チェックもして無いのかよ」と、むしろ、そっちの方が腹立たしくなったが、グッと堪える。
まあ、トラブルとまでは言わないが、自分の会社が企画したツアーなのに、そのツアーに料金を払って参加しているお客を前にしてする発言では無かろうと思う。
 
■国会議事堂
次に向かったのは、国会議事堂である。今回は、衆議院の方を見学するらしい。
 
バスは、国会議事堂の裏側に着き、裏口から議事堂に入る。
ちなみに、国会議員の皆さんも、正面から入るのは初登庁の時だけで、あとは裏から入るらしい。
 
70 国会議事堂裏口からの風景
 
71 プルデンシャル生命保険(長男の会社)の本社・プルデンシャルタワーも見える
 
72
 
中には、読売旅行が雇ったのだと思うが、案内係の年配の男性が待っており、色々と説明をし始めた。
撮影については、写真(1枚撮り)はOKで、動画はNGとの事だった。
それから、
 「最初に渡されたブルーの表紙に国会と書かれたパンフレット入館証代わりなので、それだけは、絶対に話さずに持っておく様に」
との事であった。
 
73 入館証代わりのパンフレット
 
74
 
75
 
それから、「カメラや金属類は、全部、入口前のテーブルに置いてから入れ」と言われたので、「撮影はOKだと言ってたのに、結局は駄目なのか。変だなあ?」と思い、質問したところ、「検査が終わったら、返してくれる」との事だった。
要は、空港でのセキュリティチェックと同じ事をするだけらしい。初体験の人が殆どなのだから、事前に、もっと分かる様に説明して欲しいものである。
 
セキュリティ・チェックのゲートを通過して、いよいよ中に入って行ったが、
 「国会の中の見学は、基本的に階段の上り下りになり、結構な段数を上るので、体力に自信の無い人は、後から言われても戻れないので、先に申し出て下さい」
と言われた。申し出た人達は、エレベーターを使うらしい。
 
76
 
建物の中を見学して回ったが、天皇陛下の御休所(ごきゅうしょ)と言う広い部屋があり、「この部屋の建設費が、国会議事堂建設費全体のかなりの比率を占めている」と話されていた。
通路は閑散としていて、この日は、議員さん達は来ていない様であった。
 
最後に、衆議院の議場を、上の方の座席から見せて貰ったが、「思っていたよりもずっと狭い部屋だ」と言う印象であった。
その辺にある講演ホールよりも、ずっとこぢんまりとしている感じである。
 
77 衆議院議場
 
78
 
79
 
80
 
81 天皇が座る御座所
 
82 貴賓席
 
83
 
84
 
85
 
86
 
87 衆議院議場の天井
 
88 壁板の彫刻
 
議事堂の外に出て、階段を降りてきたところ、下に、婦警さんの様な制服を着た女性が立って誘導してくれたのだが、超美人と言うか、人気アイドル並みの可愛らしい女性であった。
思いがけなかったので、写真を撮る余裕もなく、通り過ぎてしまったのだが、カミサンも、「凄くカワイイ」と言っていた。
 
89
 
90
 
91
 
92
 
93
 
建物の外に出て正面に回り、各県の木が植えられているエリアの中を歩きながら、敷地の外に出たのだが、出口のところにも、別の美人のお姉さんがいた。
こちらは、撮影をトライしてみたが、動き回っていたので、残念ながら、顔が殆ど写っていなかった。我ながら、ジジイ丸出しですなあ(笑)。
 
94 各県の木
 
95
 
96
 
97 こちらもカワイイ女性係官
 
98
 
■増上寺
この日、3番目の訪問地は、東京タワーのすぐ傍にある増上寺
ここは、私が数年間通勤していた世界貿易センター(JR浜松町駅隣接の、モノレールが出ている高層ビル)からすぐの場所なので、私にとっては、庭みたいなものである。
上野寛永寺と共に、徳川家の菩提寺である。
 
案内係の男性が色々と説明をしてくれたが、2代将軍徳川秀忠の正室・お江(ごう)さんの話が出て来なかったので、
「お江さんの話は無いんですか?」と誘い水を掛けたところ、「ああ、あの人は、焼き餅焼きでねえ」と言って話を始めたが、余り続かなかった。
 
99 増上寺山門(三門)
 
100
 
101
 
102
 
103 ガイドさん
 
104
 
105
 
106
 
107
 
108
 
109
 
110
 
111
 
112
 
113
 
114
 
■東京駅周辺
最後の訪問地は、東京駅とその周辺である。
ここでは、何グループかに分かれ、ガイドさんも新しい人に交替した。
我々のグループは、年配の女性である。丸ビル新丸ビルKITTE(東京中央郵便局)東京駅丸の内口構内などを周って説明をしてくれたが、丸ビル1階に展示されている丸太(松杭)三菱地所空中権丸の内口地下の話などが印象に残っている。
 
丸の内地下には、店舗が全く入っていないが、これは、3.11の様な災害が発生した時に、避難場所として使う事を想定したためだとの話であった。
 
また、明治時代に、皇居前の土地を、民間に買って貰う様に、国が当時の財閥に働きかけたらしいのだが、
その当時は、まだ開けていなかったのか、何処も買ってくれず、最後に声を掛けたのが三菱だったんだとか。
そうしたら、三菱は、「売るのではなく、安く払い下げてくれるのなら、引き取る」と言って、皇居前一帯の土地を全部手に入れたそうである。
128,000坪を128万円で払い下げて貰ったと言うから、1坪10円である。
現在の地価は、日本一が銀座山野楽器の土地で、1平米が4,010万円と言うから、1坪は1.3億円
東京駅前は、日本で3位と言うから、まあ、坪1億くらいだろうと思われる。坪10円で手に入れた土地が、1億円である。
 
東京駅は、数年前に改築して昔の駅ビルを復元したが、工費500億円を調達するために、JR東日本は、空中権を売ったらしい。
空中権と言うのは、土地の空中を利用する権利らしいのだが、現在、東京駅前に高層ビルが増えているのは、ビル会社側がJR東日本から買った空中権を利用しているらしい。
法律の事は良く分からないが、そういう事(東京駅の上空の空中権を買い取って、別の土地の空中権に加算する事)が出来るらしい。
 
115 丸ビル1階に展示されている丸太(松杭)
 
116
 
117
 
118
 
119
 
120
 
121
 
122
 
123 東京駅丸の内改札前の天井
 
124 KITTEビル。1階に東京中央郵便局が残されている。
 
125
 
126
 
■東京駅〜自宅
帰りは、往きと同じ様に、「各参加者が、最寄りの新幹線駅で降りて行く」と言う形を取る。
切符は、午前中に配られていたのだが、往路の時とは違い、復路の切符は、2枚組ではなく1枚であった。
 
我々のグループは、見物が早く終わり、新幹線の出発時刻の1時間半くらい前に、バスに戻って来たため、添乗員さんにお願いして、早めに買物タイムに入らせて貰い、新幹線ホームで合流することにした。
 
八重洲側に回り、久しぶりの東京大丸を散策。デパ地下で、夕食のお総菜を調達した。
私が3年前に引退するまでは、週末の金曜日になると、大丸のデパ地下か、東京駅のエキナカでお総菜を買物して帰るのが、私の役目であり、夜は、夫婦で、お総菜を肴にワインを飲むのが定番になっていたので、お総菜の買物は久しぶりで懐かしかった。
 
買物を終え、まだ出発時刻の40分前くらいであったが、ホームに入ることにし、新幹線の八重洲北口改札から入ろうとしたら、
駅員さんより、「もう1枚の切符(乗車券の方)が無いと入れません」と言われてしまった。
「添乗員さんからは、1枚しか配られていない」と伝えたのだが、認めて貰えず、やむなく添乗員さんに電話することにした。
 
ところが、4〜5回掛けても、「ただいま電話に出られません」とメッセージが流れるばかりで、繋がらない。
若い駅員さんも心配してくれて、「連絡が取れたか」と声を掛けてくれるので、指定席番号が書かれた切符を見せて、
 「必ず、電車内で添乗員さんと合流するので、もう1枚の切符も、その時に貰えるから
と駅員さんを説得した結果、
 「それでは、例外的に、乗車駅証明書を発行するから、もう1枚の切符が貰えなかった時は、降りる駅で、この乗車駅証明書を出して、乗車賃を払って下さい」
と言ってくれた。
 
127 新幹線改札で発行して貰った東京駅の乗車駅証明書。駅名が書かれていないのは意図的か?
 
その証明書を準備して貰っている最中に、添乗員さんより、コールバックの電話が入る。
事情を説明したところ、
 「そんな筈はない、1枚で入場できる筈だ、自分達も、その1枚を見せて、併せて、手持ちの購入時の一覧資料を改札で見せたら、入場出来た
と、あくまでも言い張るので、駅員さんに電話を代わって貰った。
 
結局、駅員さんとは話が付かなかった様なので、
 「取りあえず、駅員さんが発行してくれる証明書で入場する
と添乗員さんに伝え、
更に、
 「本当に2枚目の切符が無いのか、再度確認して下さい 」とお願いした。
 
ホームで、他のメンバ+添乗員さんと合流して、新幹線に乗り込んだあと、電車は出発したが、
暫くして、添乗員さんが我々の所に来て、
 「2枚目がありました
と、切符の束(全員分。50枚弱)を持って来た。
もう、開いた口が塞がらないとはこの事である。
その後で、全員に2枚目を配った様である。
 
そもそも、私が電話で「本当に2枚目の切符が無いのか、再度確認して下さい」とお願いしたお陰で、見つかった(探す気になった)訳であり、
あの時に、私が念押しのお願いをして無かったら、この添乗員さんは、2枚目を探す事もせず、
その結果、浜松駅まで添乗員と行動を共にする参加者以外(三島、新富士、静岡、掛川の各駅で下車した参加者)は、改札で止められて出して貰えず、恐らく、乗車券分の追加料金を請求された筈である。 勿論、ツアー会社(読売旅行)側のミスなのだから、各参加者が建て替えた乗車券分の料金(恐らく、10万円は超える?)は、ツアー会社側の余分な負担となり、赤字になったと思われる。勿論、添乗員さんも処分は免れなかった事と思う。
これが、最後の一番大きなトラブルであった。
 
どうしようもない添乗員であった。
これが、今回のツアー5回目のトラブルである。
この添乗員は、最後の最後になって、誤魔化しの効かない無能ぶりを曝け出してしまった訳である。
正直、読売旅行と言う会社のイメージが、私の中で崩れていった感がある。
これまで、読売旅行のツアーには何度も参加し、結構、楽しませて貰ったが、今回の様な我の強い、そしていい加減な添乗員は初めてである。
(添乗員の写真も何も無いので、説明のしようもないが、これまでの読売旅行の女性の添乗員さんとの違いがあるとするならば、結構年配の女性であった。だからどうこうと言うつもりは無いが)
 
とまあ、添乗員には不満が多かったが、旅行自体は皇居、国会議事堂、東京スカイツリーと初物が多く、大満足の旅であった。