【時事】お金の役割(位置づけ)を解説した記事

【時事】お金の役割(位置づけ)を解説した記事

ちょうど1週間前に、このブログで【由無し事】今の金融制度の矛盾あれこれというのを書いたのだが、同じ様な話を書いている記事が見つかった。以下。
 ロシアと中国間の金取引 - ドル離れに向けて前進?
この記事を読みながらコメントしてみる。
■米ドルが世界の基軸通貨となったキッカケ
先日の私のブログ記事では、細かい所は覚えていなかったので、ロックフェラーが世界を相手に石油取引は米ドルだけでしか出来ない様なルールを導いたと書いたが、偶然、購入したあと時間が無くて未視聴のままにしてあった藤井厳喜さんの講義「国際関係学」を昨日視聴したら、この記事の内容と同じ事を話していた。米国とサウジアラビアの間で、米国がサウジの防衛を引き受ける交換条件で米ドルでしか石油取引しないという約束を取り付けたのである。私は、この話の時期は、もう少し昔(明治時代とか)だと思い込んでいたのだが、1970年代の話であったらしい。1970年代と言ったら、私の学生時代であるから、つい最近の話である(笑)。
■通貨の価値の裏付け(保証)
通貨の役割は、間違いなく「分業」をつなぐ信用財である。

  変遷
人類が各人(各家族)の単位で100%自給自足の生活をしていた時代には、各人(各家族)ごとに必要なモノを自前で調達(狩猟、採取、栽培)してきて消費していたのだから、通貨という概念など必要もなく、従って通貨は存在しなかった。
生活をより豊かにするために、分業で手分けして調達しあい、それらを分配・交換しあって生活する様になると、最初は物々交換という形での取引が発生したが、未だ通貨という概念は必要で無かった。
分業の範囲が対象物の観点・地域の観点で広がって行くと、1対1前提の物々交換では、何かと不便を感じる事が発生し始め、多対多の交換手段として信用財という物を仲介させる発想が出て来た。ただし、どこにでも在る物、誰にでも手に入る物は、貴重な交換物に見合う価値がないので信用財とはならない。そこで、人類初の信用財となったのが黄金である。そして、その黄金という信用財を使った分業文化を生み出したのが先日、このブログで紹介したメソポタミア地方のウバイド人である。 【落合莞爾/ワンワールド】ウバイド・ワンワールドの起源
その後、信用財としては、黄金の他に、銀、銅、阿片(アヘン)等も使われた。話が逸れるが、アヘン・大麻と言うと、覚醒剤と同一視する人も多いかもしれないが、元々、阿片・大麻は効用の広い薬であり、古代から広く使われていた。伊勢神宮の御札に神宮大麻と書かれているのは、その名残りかもしれない。戦後、大麻取締法が出来たのは、米国の製薬会社が自社の売上拡大を阻害する強力なライバルであった大麻に、ワルモノと言うレッテルを貼るために作らせた法律だと言う話を聞いたことがある。別に大麻に限らず、タバコでもアルコールでも何でも過ぎたるは及ばざるが如しであり、摂取し過ぎたら弊害が出るのは当然。弊害ばかりを誇張して大麻を禁止にするのは考え直した方が良いと思う。
銀行家が信用創造という詐欺の手口を発明し、更に、国家の中央銀行(=通貨発行権を持つ銀行)を各国の国家(政府)から次々と乗っ取って行ったと言うのが、ここ数百年の歴史。信用創造により、価値の裏付けがない通貨が発行されることになった。 金本位制の通貨は、保持している黄金の量に見合う通貨の発行量だったので、黄金により価値の裏付けが成されていたが、信用創造「無」から通貨を発行するのだから、当然、金の裏付けは取られていない。
1971年に米国)ニクソン大統領が、米ドルの金本位制(米ドルと金の交換)を止めると宣言(ドルショック)。これにより、金1オンス=35米ドルと言うレートで保証されていた米ドルの価値が急落。従来は、金の価値(固定値)で裏打ちされた米ドルと、同じく金の価値で保証されていた各国通貨との交換比率(為替レート)は固定だった(固定相場制だった)が、米ドルが金本位制を停止したため、変動する米ドルの価値と各国通貨の交換比率も変動すること(変動相場制)となった。日本円も1ドル=360円から、ぐっと円高になった。
上の石油取引を米ドルのみに限定すると言う、いわゆる米ドルの基軸通貨化により、米ドルは金では価値の裏付けが無くなった代わりに、石油で価値の裏付けがなされる事になった。所謂、石油ドル本位制の始まりである。
イラクフセイン大統領がユーロでも石油を売るという発言をしたり、イランが同様の発言をした事に対しては、石油ドル本位制の崩壊を防ぐために米国が手を打った(罪を捏造してフセイン大統領を殺害した等)が、いよいよ支那やロシアが人民元ルーブルで取引を開始したため、ドル石油本位制の崩壊は避けられない状況になって来た。

元々、通貨の発生経緯を見れば分かる様に、信用財としての通貨の必要発行量は、人類が求めている世の中の豊かさを実現するために必要な物流量を、マネー不足が原因で滞ってしまう事が発生しないだけの通貨発行量であるから、金、銀、銅、石油、阿片などと言った、世の中の豊かさを実現するために必要な物流量とは相関関係のない信用財では量的な要件を満足しない。やはり、相関関係のある発行量にしなければならない。そういう意味では、まさに、実体経済の大きさであるGDP、即ち、国内総生産(=国内総所得=国内総支出)にリンクした発行額にするのがベストだろうと思う。金本位制で通貨発行したりなんかしたら、いずれは存在する金の量で通貨量が頭打ちになってしまい、マネー不足でデフレーションになってしまう(経済発展の需要があるのに、マネー不足で経済発展が止まる)。
という事は、通貨は最早、信用財(取引物の価値を担保することが出来る中間財)と言う役割ではなく、紙切れでも、ビットコインでも、コンピュータ上の数値でも何でも良いから、取引量の流通性を阻害しないだけの量が保証できる中間財という役割に変わってきていると言う事である。ナンチャッテ(笑)。