38年振りの快挙! 体重が60キロ台に復帰しました(笑) 


38年振りの快挙! 体重が60キロ台に復帰しました(笑)
2020年2月10日(月) 晴れ
 
今朝の体重測定で、遂に60kg台復帰!! 38年ぶりの快挙である(笑)。
 
医者が良く、理想の体重は大学生くらいの頃の体重だと言うが、私の場合、記憶が正しければ、高校時代は62kgあたり、大学時代は68kgだったと思う。
そして、就職して関東に出て来てからも暫くは68kg前後で安定していたと思う。
 
振り返って見るに、
元々、幼児〜幼稚園〜小学校低学年の頃までは、写真を見ても標準的な体格であり、太っているという感じでは無かった。まあ、子供の頃は沢山食べても身体の成長の方に栄養が行くから、余分な肉(脂肪)が溜まるということは少なかったのだと思う。
 
太り出したのは、多分、小学校の3年〜4年の頃だと思う。写真でも、その頃から顔付きがポッチャリし始めているし、身体にも丸みが出始めた様である。元々、両親ともにスレンダーとはお世辞にも言えない体格だったので、子供の私が太り始めても何の不思議も無かったのだが(笑)。
 
小学校の高学年になると、クラスでも1〜2位を争う肥満体になっていたと思うが、とにかく、体重の影響を強く受ける鉄棒ランニングが全く駄目であり、敏捷性だけは相当良かったので球技は得意だったものの、鉄棒と走り(短距離、長距離の両方)は大の苦手だった。
4年生の時だったか、鉄棒の逆上がりがどうしても出来なかったため、通知表の体育が、1学期〜3学期で5→3→1と急降下したのを憶えている(笑)。運動会のかけっこでもビリッけつばかり、マラソン大会では、常にブービー賞ものだった。
 
ところが、中学に進級して野球部に入ったところで、先輩方の優しい指導(笑 超厳しいシゴキ)のお陰で身体付きが締り、スリムになったものである。何と、1年の体育祭では100m走のクラス代表に選ばれて出場し、当時は、平和台陸上競技場(毎年12月の朝日国際マラソンに使われている競技場)を借りて体育祭をやっていたが、アンツーカーのホームストレッチを走った際には、予選2位、決勝3位に入ってしまった。
 
就職後も68kg前後で落ち着いていた体重が増え出したのは、入社5年目の秋(1981年11月)に会社の寮(横浜市。東急田園都市線の江田駅から徒歩圏内)を退寮して賃貸アパートに引っ越してからである。
当時の会社(富士通)では、大卒の入寮可能期間が最長5年間だったので、期限切れの数ヶ月前に退寮した訳である。
 
引越し先は小田急沿線の百合ヶ丘(川崎市)であったが、当然、寮時代の寮食(朝、夕)では無くなるので、外食するか自炊するしか無い訳である。自炊となると、毎食作るというのも面倒なので、だいたい、平日は外食、自炊は週末と言う事になったが、大した料理が作れる訳ではないので、カレーとか、スパゲティとかを纏めて多めに作るわけである。そうなると、どうしても捨てるのが勿体ないとなって、無理して完食するパターンが多くなり、当然ながら体重が急増していったのである。
68kgの体重が72kgまで増えるのはアッという間だったと思う。それが、1982年の正月前後である。
 
1983年の夏に沼津(静岡県)に転勤(職場全体の移転)となり、3年後の1986年春にカミさんと出会って1年後に結婚するのだが、結婚前の時点で多分、75kg前後まで増えていた様に思う。
 
そして結婚生活に入ると、カミさんの手料理で食事の量が益々増え、多分、最高で90kg間際まで体重が増えていたと思う。
 
体重を気にし始めたのは、1995年の秋の頃だったと思う。会社の健康診断で某病名を診断され、それから少しずつ、節制を始めた訳である(笑)。
因みに、某病とは、別に珍しい病気ではなく、日本人の十人に一人と言われる程のメジャーな成人病である。糖に関係する(笑)。
 
2013年6月に会社を退職してセカンドライフに入ったが、その時点では、まだ体重は80kg前後を行き来していた。
 
そして、記録によれば、2014/2/980.6kgを最後に80kg台とはお別れ。2014年〜2018年は75kg前後、2019年以降は71kg〜73kgのあたりを推移している。
 
今年に入って、1月下旬にちょっと飲酒日を減らしてみようと思い、3日ほど飲まなかったのだが、何故か、逆に体重が増え出し、1月31日には75.5kgを記録してしまった。
こりゃイカンと思い、私の身体にはアルコールが必須なんだと思い直し(笑)、日曜日の休肝日以外は毎日飲んだところ、原因が全く分からないが、アレヨアレヨという間に体重が急降下して、2月6日には70.6kgまで落ちたのである。6日間で5kg減量である。体内に溜まっていた便(宿便)が一気に出たのかも知れないが(笑)。
 
以降、4日間、禁酒していたので70kg台が続いていたのだが、今朝、目出度く70kgを割り69.8kgを記録。実に38年振りの快挙である。
 
まあ、瞬間風速に終わるのか、60kg台定着となるのかは分からないが、暫くは、禁酒を続けてみるか・・・。
 

ブログ移行をしていたら、明智光秀というタームリーなキーワードが出てきました(笑)。普通の人には絶対信じられないと思うのが真実の歴史


ブログ移行をしていたら、明智光秀というタームリーなキーワードが出てきました(笑)。普通の人には絶対信じられないと思うのが真実の歴史
2020年2月9日(日) 晴れ
 
この「黒板五郎の徒然草」というブログから、國體ワンワールド(落合史観)関連の記事を分離独立して、新しいブログ「黒板五郎のウバイド國體ワンワールド」に気長に移し続けているところであるが、本日移行した記事の中に、現在放映中のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公である明智光秀に関する記事が出てきた。
 
この記事の中に、明智光秀の歴史真実織田信長の歴史真実徳川家康の歴史真実が出てくるのだが、まあ、落合莞爾先生を知らない普通の人には、絶対に信じられないだろうと思う。
だがしかし、これが歴史の真実なのである。
 
まあ、気になる人は、ちょっと目を通してみるのも良いかも(笑)。その記事は以下。
 
 インペリアル・アイズ無料メール 国家主権回復の定義とは?
ubaido.hatenablog.com
 
私は、こういう歴史の真実を知ってしまっているので、放映中の大河ドラマ「麒麟がくる」は、イマイチ、見る気が高まらない。 まあ、2年ぶりの歴史ドラマなので、今のところ我慢して視聴しているが。
 
因みに、昨年の大河ドラマは、タイトルすら憶えていないが、全く面白くなくて、久しぶり(数十年ぶり)に途中で匙を投げた。恐れ多くも、天下のNHK大河ドラマの脚本を、宮藤官九郎さんなどに書かせたらいかんですよ。ビートたけしさんを起用したのもどうかと思うけど。案の定、超低視聴率だったらしいけど。