書き初め2022
2022年1月9日(日) 晴れ
年が明けたと思ったら、もう一週間がアッという間に過ぎてしまった。
年末年始は、福岡に帰省していたが、三島に戻ってから溜まったメールやら何やらあって、本日、ようやく、自由時間が取れることとなった。
最近は、コロナ禍もあって帰省の移動手段は専ら車である。途中の食事も車の中で済ませているので、1,000kmの道のりを12時間前後で移動できている。運転はカミサンと交替しながらである。
往路は12/28だったのだが、前日に日本海側と名古屋地区で大雪が降ったため、12/27の時点で、名神高速道(関ヶ原越え)、新名神高速道(鈴鹿越え)が、共に通行止となってしまった。
幸い、翌朝には新名神の方が通行止め解除となりホッとしたのだが、何と、名古屋市内を走る伊勢湾岸道が大渋滞だっため、名古屋を抜けるのに1時間以上を要してしまった。
1/30に、高校時代の友人と六本松(福岡市中央区)で再会し、盃を交わしたのだが、少し早めに現地に行き、様変わりした六本松を散策した。
と言うのも、六本松と言えば大学時代の教養課程のキャンパスがあった場所であり、入学後の1年半はこのキャンパスに通って、学問と部活(バドミントン部)に勤しんだものである。
この大学は、10年以上前に福岡市の西部にある糸島地区に移転しており、その跡地が、現在は司法関連のエリア(裁判所、検察局など)に様変わりしているのである。
学生時代には、六本松キャンパスの南東部分にあったコンパ(飲み会)会場兼合宿場だった「亭々舎(ていていしゃ)」も今は無く、キャンパスの周りに並んでいた学生向け食堂もなくなって、本当に様変わりである。計算したら、何と48年前の話なのであるから、宜なるかなである(笑)。
1/4に三島に戻ったあと、今度は、我が家の親子三代が集合しての新年会を1/7に催した。場所は、さいたま市の娘のマンションである。
何しろ、子供3人が、みな関東地区(さいたま市、世田谷区用賀、川崎市)なので、我々夫婦が上京するのが一番効率的なのである(笑)。
この日は、車での移動を計画していたのだが、前日の天気予報にて、関東は積雪の予報が出ていたため、早々と方針変更して新幹線での移動に切り替えた。
正解であった。
場所は、川越線の日進駅からも高崎線の宮原駅からも1km弱なので、今回は、宮原駅から歩くことにした。
そして当日、東京駅までは順調に来たのだが、高崎線の上野東京ラインに乗り込んだところ、積雪による信号点検のため運転の見通し立たずとのアナウンスがあり、やむなく、京浜東北線ホームへ。
ホームに上がったら、ちょうど大宮行きが出た所であり、次の南浦和行きに乗る。ところが、徐行運転の上、南浦和の手前で信号停止と相成った。赤羽で大勢の人が乗り換えたのだが、あの時に一緒に乗り換えれば良かったと後悔しても後の祭である。
南浦和で、先に来た宇都宮線に乗り込んだのだが、これがまた失敗だった様で、途中で信号停止してしまい、後から来た高崎線に何本も追い越されてしまった(笑)。
まあ、それでも何とか昼前には娘のマンションに到着し、親子三代の新年会を楽しむ事が出来た。
因みに、高崎線の宮原駅で降りるのは今回が初めてではない。2007年にも一度下車した事があり、その時は越谷までウォーキングした。その時の様子は、以下の記事を参照。
いい湯だな(1) 越谷天然温泉「ゆの華」
masuraoo.hatenablog.com