卒業試験演奏

卒業試験演奏

2009年12月12日(土) 晴れ

 本日は、娘の大学卒業試験演奏の日である。卒演の曲が変更になって1月足らずでの演奏会、なる様にしかならないと腹をくくって演奏すると思うが、取りあえず、夫婦で演奏を聴きに行くことにした。11時過ぎの新幹線で東京に向かい、JR池袋駅地下で娘と待ち合わせて大学へ。

 東京音楽大学。初めてここを訪れたのは4年前の秋、娘がここを受験すると決めていたので、山手線一周ウォーキングの際に立ち寄ったのが最初である。あれから4年、最近は時の経つのが本当に速い。年をとった証拠か。

 ピアノの卒業試験演奏は、各学生とも10分以上の演奏となる様に選曲するのが条件になっており、全学生の演奏を終えるために3日間に分けて行われる。試験官の先生方も、さぞや大変なことであろう。東京音大では、各楽器ともコース(学科)が3つに分かれており、トップクラスが演奏家コース、続いて器楽科コース、教育コースの順である。毎年度末には、演奏家コースと器楽科コースの間で成績により何人かの入替えがあるそうである。サッカーのJリーグとJ1リーグの様なものである。うちの娘は、真ん中の器楽科(ピアノ専攻)コースで入学したが、4年間コース変更なしで終わることになった。卒業演奏の会場は、数年前に新設された建物の大ホール。観客の出入りは自由だが、あくまでも発表会ではなく「試験」であるため、演奏者の交替は途切れなく行われており、観客は、演奏を終えた学生がステージの裾に下がり次の学生がステージに出てくる僅か数十秒の間を見計らって会場への出入りをしなければならない。試験官の教授陣は、客席の上半分のエリアに点々と座って採点している様であった。
 本当は、演奏家コースの演奏も聴きたかったのだが、別の日とのことで今日の演奏者は器楽科コースの学生ばかりである。それでも、ベートーヴェンのピアノソナタを演奏した学生など、なかなか良い演奏もあったと思う。それから、リストのカンパネラを弾いた学生がいたが、これも最後まで纏まって良い演奏であった。・・・と思ったのだが、カミサン曰く、「3回止まった」だそうである。やはりプロの目(耳)は違う。
 時刻は4時を過ぎ、いよいよ娘の出番である。出演者中ダントツの巨体を揺らしてステージ中央に現れ演奏開始。選んだ曲は、スクリャービンの「二つ詩曲 作品63」と「ソナタ第2番嬰ト短調 作品19」である。メジャーな曲ではないので素人の私には良く分からなかったが、カミサン曰く、「主旋律の浮立たせ方が弱いが、まあ何とか無難に弾きこなせたので不合格という事は無いだろう」とのこと。演奏が終わって会場の外に出て来た娘は、さすがに試験が終わってホッとした様子であった。

 夕方、池袋の居酒屋でお疲れさんの乾杯。娘は、卒業試験も終わったので、いよいよ就活とアパート探しをしなければならない。と言うのは、1社だけ受けたIT企業は最終選考で×、東京都の教員採用試験では一次試験は合格したものの二次選考のグループ面接で×、ヤマハ音楽講師の試験は何とか合格したが、ヤマハの場合は何と給料が7万円程度しか出ないらしく、給料だけでの自活は無理とヤマハからは明言されているとの事。現在、ヤマハ+バイトで凌ぐか、他の仕事を探すか、まだ揺れている状態である。いずれにしても1月末には今の賃貸マンションを出ることになっているので、年内には方針を決めて、東京でアパートを探すか、三島に帰って来るかの結論を出す必要がある。娘の今の気持ちは、ヤマハ+バイトで何とか進む考えの様であるが、親としては、それでは無理があり過ぎるので、東京に残るなら臨時教員など自活できるだけの収入が見込める別の仕事先を探した方が良いし、それが叶わないなら取りあえず三島に戻って来るしかないのではないかとアドバイスしているところである。娘にとっては、人生の大きな岐路である。