追憶(5) カメラ

追憶(5) カメラ

2012年06月23日(土) 曇り

 今日は、いかにも梅雨と言った どんよりと雲が立ちこめる天候である。東京に住んでいる長男が久しぶりに帰ってくると言うので、今日は夫婦ともに自宅で過ごしている。
 今週の水曜日、約5年間同じ職場で一緒に働いた先輩が定年退職された。2年半後には同じ様に定年を迎える私としては、いよいよかぁーと感じるところがあった。そして昨日、同じく5年間お世話になった会社の最後の出勤日を迎えた。5年前に出向して来た会社であり、2年半前には出向から転社になり正規の社員となったのだが、本当に先のことは分からないもので、来週の月曜からは再び、5年前に在籍してた会社に転社と言うことになったのである。この先何もなければ、2年半後には、新入社員として入社して以来30年働いた会社で定年を迎えることになる。
 さて、本日は、カメラの思い出について話をしてみよう。私が初めてカメラを買ったのは入社2年目の秋。買った店ははっきりとは覚えていないが、新宿のヨドバシカメラさくらやかのどちらかであったと思う。ちなみに、どうやら さくらやの方は2年前に廃業してしまったらしい。買ったのはキャノンAE−1という当時の人気商品である。当時は未だオートフォーカスなどと言った便利な機能は無かったので、自分でピントを合わさなければならなかったのだが、ファインダーを覗いてもピントが合っているのかまだ甘いのかが分からず、慣れるまでの間はピンボケ写真をかなり撮ったものである。会社の寮に写真を趣味にしている同僚がいたので、色々と教えて貰ったり撮影会に連れて行って貰ったりするうちに少しずつ腕前が上がった様に思う。レンズは、AE−1に標準装備されていたものを使っていたが、接写レンズと言って至近距離のものを撮影することの出来るレンズのことを知り、マミヤ製の接写レンズを購入。雑誌のグラビアなどを接写レンズで撮る楽しみを覚えた。撮影会に行く様になると、モデルさんのアップを撮るために望遠レンズが欲しくなり、同僚が新しい望遠レンズを買う時に、お古を安く譲って貰いゲット。これで撮影の幅が広がった。今でこそ携帯電話のカメラでさえ接写機能やズーム機能が当たり前の様に装備されているが、当時は、接写も望遠も別々のレンズを買わなければならなかったものである。
 そして、望遠レンズが手に入ると、今度はいちいちレンズを付け替えなくても済む様に2台目のカメラが欲しくなる。そこで2台目に購入したのがキャノンA1。AE−1の上位機種であり、ブラックボディーが恰好良かった。
 1985年にミノルタが本格的なオートフォーカスカメラを発売してから、世の中のカメラはオートフォーカスの時代に入った。ミノルタと言えば、オートフォーカス時代より前の話であるが、当時、ミノルタのCMに抜擢されたのが熊本大学に在学中だった宮崎美子さんである。「今のキミはピカピカに光って〜」というCMソングで宮崎さんがジーンズを脱いで水着に着替えるシーンが思い出される。ピント合わせが苦手であった私としては、オートフォーカスに魅力を感じてはいたのだが、1983年に静岡県の沼津に転勤してからは撮影会に行くこともなくなりカメラで撮影する機会が減っていたので、すぐにオートフォーカスを買うことは無かった。私がオートフォーカスを買ったのは1987年。新婚旅行を目前にして、ビデオカメラと共にキャノンEOSを買った。新宿のヨドバシカメラさくらやカメラのドイを回り、値切って値切って、ビデオと一緒に買うから負けろと言って大幅値引きさせて買った店が、地元福岡から東京に進出していたカメラのドイである。これで私もようやくピンボケから解放されることと相成った。
 結婚して子供が出来て写真を撮る機会が増え、しばらくはEOSを使っていたのだが、ついに寿命が来たのか写真が正常に撮れなくなってしまったので、やむなくコンパクトカメラを購入。一眼レフではないし、私が自身で撮る回数も減っていたので、このカメラにはさしたる愛着もなくメーカーもカメラの名前も覚えていない。
 1990年代の後半から市場に出始めたのがデジタルカメラ(通称デジカメ)である。しばらくは購入意欲もなく気にしていなかったのだが、年賀状の写真をデジカメで撮影してプリンタで出力するとカメラ屋さんに印刷依頼するよりもかなり低コストで済むと言う話を会社の後輩から聞き、2001年に遂にデジカメを購入することにした。オリンパスのC−3040ZOOMと言うコンパクトデジカメである。パソコンで画像管理出来るし、プリンタで綺麗に印刷出来るので、それまでの現像、焼き付けと言った出費が無くなり、良いことずくめのカメラであった。ただし、1点だけ難点があった。それは、一眼レフに慣れた私には、シャッターを押すのと実際にシャッターが切れるのとの間に微妙なタイムラグ(時間差)がある事に違和感を覚えるのである。これだけはどうしようも無かった。
 そして2004年秋、市場に出回り始めたデジタル一眼レフカメラを購入。私としては初めて購入するニコンのカメラである。その名はニコンD70。一眼レフだからかどうかは知らないが、シャッターの時間差は全くなく、昔の様にシャッターを押せば即時にシャッターが切れるので問題解決である。このカメラはかなり使い込んだ。最初に撮ったのが立山黒部アルペンルートの紅葉である。実に綺麗で感動的な写真であった。その後も、ウォーキングの際には必ず首に掛けて歩いたし、旧東海道を歩いた時にも随分と活躍してくれた。しかしながら、2010年の秋、撮影した写真がメモリカードに正しく保存されないと言うトラブルが発生し、1度目は修復ソフトで修復できたものの2度目は修復出来ず旅行の写真が没となってしまった。恐らくはメカの問題ではなく、デジタルデータをメモリカードに書き出す内蔵アプリケーションソフトの問題では無かろうかと思うのだが、もう恐くて使う訳には行かないので、新しいカメラを買うことに。買ったのはニコンのD3100。レンズは標準装備のもの+望遠レンズを追加して購入した。最初は標準装備のレンズを使ってみたのだが、どうもピントが今一の様に思えたので、D70で使っていたレンズを外してD3100に装着して使ってみたところ、これがバッチリ。以来、今でもこの組合せで使っている。望遠レンズの方は買ってはみたものの、やはり外出中に外でレンズ交換するのには抵抗があり、しばらくは使わずに置きっ放しにしていた。そして今年の3月、銀婚記念の北海道旅行を控えて望遠レンズを遊ばせておくのは勿体ないと思い、思い切って2台目のデジタル一眼レフをゲット。ニコンD5100である。機能的にはD3100と殆ど同じであるが、標準と望遠をレンズ交換することなく同時に使える様になったので、シャッターチャンスを逃さずに撮影でき言う事なしである。と言う訳で、しばらくはウォーキングの際にカメラを二つ首からぶら提げて歩くことになりそうである。


1 初めてのカメラを購入後に撮った日光東照宮の写真。ピントがかなり甘い。(撮影:1978年10月)


2 日光・華厳の滝


3 正月帰省した時に撮った福岡・大濠公園の浮見堂(撮影:1979年正月)


4 同じく大濠公園観月橋


5 武蔵小杉の職場ビルから撮った東海道新幹線。今はこの場所に横須賀線武蔵小杉駅が出来ている。(撮影:1979年)


6 初めての撮影会で撮った写真。望遠レンズで撮ったがピントが全然合っていない。(撮影:1980年7月)


7 ピントはマズマズであり、被写界深度を浅くしてバックをうまくボカせているが、慣れない撮影会のため、まだまだモデルさんの目線を貰うところまでには至っていない。


8 これも目線を貰うまでには至らず。


9 勇気を出して「目線を下さ〜い」と言って、ようやく目線が貰えた。でもピントは今一。


10 何とかピントも目線もまずまず。


11 4度目の撮影会。目線は普通に貰える様になった。(撮影:1981年7月)


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13 接写レンズで雑誌グラビアより接写:アグネス・ラム


14同じく接写:浅野裕子


15 同じく接写:浅野温子


16 同じく接写:相本久美子


17 同じく接写:紺野美沙子


18 キャノンEOS(オートフォーカス)で撮影した写真(撮影:1987年4月、ハワイ新婚旅行)


19 同じくハワイ


20 同じくハワイ


21 コンパクトデジカメで撮った写真。デジカメはやはり細部までクッキリ。(撮影:2001年10月、車山山頂)


22 富良野・ファーム冨田(撮影:2002年8月)


23 積丹半島・島武意海岸(撮影:2002年8月)


24 ニコンD70(デジタル一眼レフ)で撮影した黒部平の紅葉(撮影:2004年10月)


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26 冬の摩周湖。湖面のさざ波まで微細に写っている。(撮影:2007年12月)


27 白根山・湯釜(撮影:2010年6月)


28 上高地大正池(撮影:2011年10月)


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30 ニコンD5100(デジタル一眼レフ+望遠レンズ)で撮影した写真。明治神宮での結婚式(撮影:2012年4月)


31 デジタル一眼レフ望遠レンズで撮影した知床・オシンコシンの滝(撮影:2012年4月)


32 留辺蘂・キタキツネ牧場のキツネ(撮影:2012年4月)


33 阿寒湖と雌阿寒岳。望遠レンズの圧縮効果により、雌阿寒岳がグッと近づいて大きく見える。(撮影:2012年4月)


34 羽田空港に着陸するジェット機。正に望遠レンズの威力。(撮影:2012年5月)